こんにちは、アラフィフから働きながら、心理学とキャリアと日本語教育を通信制大学で学んだ森﨑さくらです。長いっ
さて、卒業式を終え、今は申請書類に追われていますが、とりあえずモラトリアムを楽しんでみようと思っています。
そんな中、たまたまオーディブルで偶然指が当たり流れてきた小説が私の心にビビビと来て、私は京都まで足をはこんでいました。
その小説名は、『スピノザの診察室』です。
2024年に本屋大賞ノミネートされ、映画化も決まったようで、クリックしやすい位置にあったのかと思います。
大切な存在を看取ったあと、どう生きればいいのか分からなくなることがあります。
そんな中、私の思いを整理し言語化してくれたのが
『スピノザの診察室』と『エピクロスの処方箋』でした。
そして今回、その物語の舞台を実際に歩いてきました。
私の人生初の聖地巡礼です。
これは、ただの観光ではなく、1人で小説と向き合いながら、自分の人生を確かめるための聖地巡礼です。
『スピノザの診察室』のあらすじ
作者は、医師であり作家である大阪出身の夏川草介さんです。
代表作は、『神様のカルテ』でドラマ化、映画化もされたベストセラー作家さんです。
まず簡単にあらすじをご紹介します。
京都を舞台にした消化器内科医・マチ先生の日常と、患者やその家族との関わりを通して、「生きること」と「死」と向き合う物語です。
マチ先生は、病気だけを診るのではなく、「人」を診る医師です。
治療を進めるだけでなく、その人がどう生きたいのか、何を大切にしているのかに寄り添いながら関わっていきます。
物語の中では、さまざまな患者の選択や葛藤が描かれます。
治療を続けるかやめるか、生きることとどう向き合うか——その答えは一つではありません。
そんな中でマチ先生は、哲学者スピノザの本を愛読しており、
「人間にできることの限界」と「それでも人間ができること」を静かに示していきます。
また、医師としてだけでなく、大切な妹を看取った一人の人間としての経験も重なり、
読者に「医療とは何か」「人が人を支えるとはどういうことか」を問いかけます。
この作品は、医療系の物語ですが、人がどう生き、どう最期を迎えるか、それにかかわる人にできることがあるのか、大切なものはなにかを考える物語です。
糺(ただす)の森へ—「明るい森」という言葉の意味

まず、この物語を読んで、聖地巡礼で一番に行きたい場所として、「糺の森」がありました。
オーディブルから流れる糺の森の表現の美しさに魅了されたことはもちろん、そこでのマチ先生の甥である龍之介君との会話に胸を撃たれました。
マチ先生は龍之介に揺るぎない意思があったとしても人間のできることは少ないといい、だからこそ努力が必要という17世紀オランダの哲学者 スピノザの面白さを引用して語ります。
願ってもどうしようもないことはたくさんありますが、それでも出来ることはあるはずです。
これから前を向いて努力していきたいという私の思いを言語化してくれるシーンで、とても心に響きました。
来週から桜が開花するので、京都は観光客で大変混雑します。
小説中の「糺の森」の表現を感じるには、今日しかない、今、行かなくてはと思い電車に飛び乗ったのです。
ところが、最初に「糺の森」の看板を見たとき、「森?公園?」と少し拍子抜けしました。
下鴨神社へ向かって、歩いていくうちに空気が変わります。

緑が深くなり、小川が流れ、気づけば足を止めていました。
瀬見の小川というそうです。
「糺の森」は小説の中で「明るい森」と表現されていました。
「糺の森」をあるいてみて感じたことは、迷い込むような森ではなく、爽やかな朝のような森でした。
「明るい森」とは、こういう森なのか…と、オーディブルの『第四話 秋』を聴きながら歩いていました。
そこにいるだけで、気持ちがきれいに整うような気がする場所です。
普段なら通り過ぎてしまう場所に、物語があるだけで立ち止まれます。
それが、聖地巡礼の面白さだと思いました。(聖地巡礼初心者です)
矢来餅(やきもち)—下鴨神社へ参拝の後の矢来餅

中学生の甥の龍之介君に、下鴨神社への参拝のお目当ては矢来餅でしょうすっかり見透かされている主人公のマチ先生がこの世で味わうべきものに上げた3つのうちの一つです。
今回の旅で、3つのうち2つの矢来餅(やきもち)と長五郎餅を味わいました。
あいにく、この日は白い餅がなく、よもぎ餅だけでした。
私はよもぎ餅が好きなので、迷わず購入。
店舗には『スピノザの診察室』が飾ってあり、小説の甘いものを聖地巡礼して食べて歩いているという人がいらっしゃいますとおしえていただきました。
写真の許可もいただきました。
白い餅が売り切れていたので、すでにお客様が購入されたかと思いますが、

鴨川に移動して、よもぎの矢来餅を一人で食べました。
鴨川は、広くて、静かで、人もほとんどいなくて、散歩している人が少しだけ。
賞味期限は4日と言われましたが、購入後10分で食べ終わっていました。笑
矢来餅のおいしさは、小説で詳細に描写されておりますので、私は一言で、おいしゅうございました笑

長五郎餅を求めて、北野天満宮へ

次に、マチ先生が食べていた大好物の長五郎餅を求めて、北野天満宮へ行ってまいりました。
下鴨神社に比べて観光客は多かったですが、梅が散った後であり桜が咲いていなのでこの時期少ないのかもしれません。
梅干を横目に御朱印をいただき、早速長五郎餅を買いに行きました。
長五郎餅は、物語のとても大切な存在です。
『スピノザの診察室』と続編の『エピクロスの処方箋』の中で、物語の鍵を握っているのは長五郎餅で間違いないと思っています。
優秀な医者への賄賂に使われたり、叔父思いの中学生と後輩研修医との微笑ましいやり取りに使われたりと重要なポジションです。
そんな長五郎餅は、北野天満宮から5.6分離れたところにあります。
私は、イチゴ大福も購入して、電車でいただきました。
京阪電車にはプレミアムシートがあります。
500円で豪華な指定席に座れるので、およそ1時間ゆっくりと出来ます。
大満足な小旅行でした。

どれだけ強く願おうと叶わないこと

「願ってもどうしようもないことで世界は溢れている」
だからって、投げやりになるんじゃなく、出来ること探して努力するんです。
歳を重ねるほどに、実感する場面が増えていきます。
それが歳をとることなのかな。。。
受け止めたくなくても、受け止めなければならない場面がある。
それでも前を向いて生きるしかない。
この小説は、その当たり前のようで難しいことを、言語化してくれています。
医療ではなく、人が人を救う

「医療では、人は救えない」
「人を救うのは医療ではない、人なんだ」
この言葉を読んだとき、
母と愛犬のことが浮かびました。
母は、最後の抗がん剤治療を迷っていました。
一度は拒み、そして最終的には受ける決断をしました。
その背景には、公認心理師との対話がありました。
何を話したのかは分かりません。
でも、母は何かをきっかけに抗がん剤治療をもう一度受けようと思い直したことは確かです。
母は私に、もう抗がん剤治療はしない母の言うとおりにするといってほしいといいました。
もちろんそのつもりでした。
それなのに、治療を決めました。
なぜ辞めたいといっていた治療を受け入れたのかと聞いたとき、「歩けないままではしょうがない」と言いました。
そして母は、しきりにすごくいいチームの医療スタッフに見てもらっていると、ありがとうございますとやたら感謝していました。
あの時もう少し話をじっくりできる時間がなかったのかと思っています。
なぜ、もう少し治療に対する本人の気持ちをもっと聞き出してあげなかったのかと。
コロナ禍で面会もできない時期でした。
何とかラインができた母とのやりとりです。
公認心理士の方は、どのように母と話をしたのでしょうか。
母が治療を進めると決めた日、家族の時間を設けてくれました。
母の足をさすりながら声をかけたこと。
赤福餅を「おいしい」と食べていたこと。
周りの人への感謝を伝えていたこと。
この日が母と話をした最後の日になりました。
【卒業旅行①】物語の中を歩く—スピノザの診察室と聖地巡礼まとめ

今回の聖地巡礼は、物語を聴きながら甘いもの食べ歩くだけでなく、
自分の人生を見つめ直す時間でもありました。
アラフィフになって入学した大学で学んだことが積み重なって、点と点が線になって私の中でつながりました。
どう生きていきたいのか。
一人では生きられないからこそ、
人と関わりながら、自分の信念を持って生きていく。
その大切さを、あらためて感じました。
私は今、明日死んでもいいと思いながら生き、
100歳まで生きる準備をしようと考えています。
矛盾しているようで、
これが今の自分にとって一番しっくりきます。
今を大切に生きていこうと改めて決意した、1人旅の卒業旅行でした。


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『スピノザの診察室』に続き、この1週間で夏川草介さんの『神様のカルテ』もすべて制覇しました。
「神様のカルテ」は、1・2・3・0・新章の5冊あります。
夢中で読んでみて、私の中で大学に入学した意味がつながったように思いました。