さっくんが、虹の橋を渡りました
こんにちは、通信大学生の森﨑さくらです。
朝、友達からLINEが届きました。「さっくんが虹の橋をわたりました」
朝から涙が頬を伝いました。そして、隣に寝てるうちの娘犬(2歳)を抱きしめました。
さっくんは、7年前の保護犬譲渡会で、友達の家族になった雑種のワンちゃんです。
初めて友達の家に来た時に送ってくれた写真の中のさっくんは、くるくるキラキラしたお目目と、茶色い小さいからだと大きな耳で、私好みのかわいいかわいいワンちゃんでした。
友達は、それはそれは、チューしてハグしていわゆる目の中に入れても痛くないを通り越し大事に大事に育てていました。
まだ、犬を飼っていない私からは正直ドン引きするくらいのスキンシップでした。遠くに住んでいるのですが、そんな風に生後2か月ごろから写真や動画を送ってくれていたので、直接会えなくても成長を見守ることができました。
2か月前、腫瘍が見つかりました
「悲しいことがありました」からLINEが始まり、さっくんの癌がみつかったと報告してくれました。
腫瘍が見つかったときにはすでに細胞が壊死していたらしく、手術をしたとしても少しの延命ができるかどうかだったので、家族で話し合い、大好きな家で痛みやかゆみを抑え穏やかに残りの生活を送れるようにサポートをする決断をしていました。
ワンちゃんの治療については、飼い主になった時から悩みます。ワンちゃんは自分で選択できません。
すべて飼い主の選択にゆだねられています。
うちの娘犬もめちゃくちゃ賢い子だと思う(超超超親バカです)のですが、一度避妊手術をしてから、すっかり病院嫌いになってしまいました。
いくら賢くても口で説明しても分かってはもらえません。
お母さん嫌やーって私にしがみついてた娘犬を無理矢理獣医さんに引き渡したのです。
娘犬は車に乗る時から、明らかに警戒していました。術後、家に帰ってきても虐待された犬のような顔で、しばらくは私達にも近づいてこなかったのです。
理解できないうえに、病院にひとり置き去りにされて、痛い思いもして、そりゃ私のことも恨んだと思います。
信頼を取り戻すのには時間がかかりました。
いまだに病院の寝台の上には、ビビッて乗れません。飛び降ります。ワンちゃんには、本人が納得する治療なんて選べません。
彼女が病気になったとき、完治するならまだしも、延命のための入院はやめようと今は思ってます。
もちろん最善の決断をしたいと思っています。
ワンちゃんの気持ちも考えて、あれこれ考えると最善の決断って何?と思います。ワンちゃんにとって少しでも、幸せな時間が続くことを考えたいです。
でも、少しでも長く生きていてほしい。
あーーーっなので、入院や治療の選択を迫られたときはものすごく悩むと思います。
決断できた友達をえらいと思いました。
腫瘍摘出手術をしました
腫瘍が大きくなり、痛がったので摘出手術をすることにしたとのLINEが届きました。少しでも穏やかに生きていくための選択でした。
無事手術も成功し送られてきた写真は痛々しく元気もなかったのですが、大好きなおうちの布団で寝ているさっくんは幸せそうでした。
それから、散歩大好きなさっくんはベビーカーを買ってもらっていました。
ベビーカーにのっているさっくんは、ご機嫌さんでした。自分で歩くのは難しくなっても大好きな散歩道を大好きなお母さんと一緒に歩けて、大好きなお友達に会いかわいがってもらえるいつもの日々を送れることは、さっくんにとって幸せだったと思います。
そうして、穏やかな日が続いてくれたらと願わずにはいられませんでした。
抗がん剤治療を始める
手術から1週間後、抗がん剤治療薬の投与を始めていました。抗がん剤は一粒3,000円の錠剤を半分にして2日に一回飲むらしい。
プラス、ステロイドの治療もしていました。
手術にも18万かかったそうです。治療にはお金もかかりますが、少しでもさっくんが穏やかに余生を過ごせるならと、仕事に病院にと友達は一生懸命に看病していました。
そのおかげで、さっくんは、食欲もあり元気でした。おうちの中では元気に歩いていて、ご飯を食べた後なのかぺろりと舌なめずりしたかわいいお顔の写真が届きました。満足気で茶目っ気たっぷりのお顔でした。
そんなLINEをしていたのは、梅雨がいつもより早い6月の初旬でした。
かゆみでイライラ
10日前、夜中の2時半から泣き続けるようになっているとのLINEが届きました。かゆみでイライラすることも増えていたそうです。
大好きなお散歩のリードもなかなかつけさせてくれないほどだったみたいです。
なんせ、大好きなお母さんの手にも嚙みつくほど、さっくんのイライラは限界に達していたみたいでした。
身体中に湿疹が増えていました。。。口の中にも湿疹がありました。
LINEには、もう近いかも・・・と続いていました。
痛々しく、かゆがるさっくんにどうすることもできない友達も相当つらかったと思います。
どーにか痒くならない薬はないのかと私が聞くまでもなく、病院にももらっているだろう薬でもどうにもならないほどに、癌がさっくんの体をむしばんでいたようでした。
どうか、友達とさっくんが穏やかに穏やかに過ごせますようにと祈るしかなかったです。
虹の橋を渡りました
今朝、さっくんが虹の橋をわたりましたとLINEが届きました。
さっくんは間違いなく幸せやったと思います。
友達もさっくんと過ごした日々は、間違いなく幸せでした。お互いがお互いを必要とし、思いやり寄り添う、これを愛と呼ばずに何を愛と呼ぶのでしょうか。まさに無償の愛です。
虹の橋という表現は、作者不明の詩から生まれたものだそうです。
先に亡くなるペットが、幸せな場所で、飼い主さんを待っているそうです。
私も虹の橋という言葉は、ハムスターをなくしたときに知りました。
娘犬を飼う前に、子供が欲しいというのでハムスターを飼ったことがありました。ハムちゃんの寿命は2年です。
どのハムスターよりも幸せなハムスターにしてあげたいと、本やネットで、ハムスターの特性を調べ、ホースの階段のある大きな2階建ての家を作ってかわいがっていました。別れは突然来ました。
私が仕事に行く前に、苦しそうにしていました。そして、そのまま息を引き取りました。泣きましたとも。その日は、とてもじゃないけど、仕事には行けませんでした。
社会人としてって私もペットを飼っていなかったら思っていたと思います。でも、とてもじゃないけど、泣いて泣いて仕事にいけませんでした。
体調不良と上司に伝えるのが精一杯でした。
私は、ペットが亡くなったときも、忌引き休暇があっていいと思います。
ハムちゃんが亡くなったあとはしばらくの間、ネットで、ハムちゃんの写真や動画を見て心を癒していました。
そんな時、虹の橋との表現を知りました。
ペットロスというと、ペットを飼っていない人からすれば、軽く取られそうな表現のように思うのですが、本当にかけがえのない家族を亡くした気持ちに人間もペットも関係ありません。
そんなかけがえのないペットを失った人の心に寄り添う、ただただ優しい、ただただ美しい詩が「虹の橋」です。
そうして、ペットが亡くなると虹の橋を渡ると表現されるようになったようです。
個人的には、映画の「僕のワンダフル・ライフ」が好きです。何度でも生まれ変わって、大好きな飼い主に会いに来るお話です。こちらも、涙なしでは見れません。
動物の寿命はだいたいわかっています。
当たり前ですが、最後まで幸せのまま天国に見送ってあげると心に決めて娘犬を飼いました。
友達は、ちゃんとさっくんを幸せのまま天国に見送ってあげていました。
さっくん、ありがとう
さっくんは、友達にかけがえのないものを残しています。
今は、失ったつらさが心を占めていると思いますが、さっくんと過ごした時間は、思い出は、愛情は、いつまでも残り続けます。
私は、飼い主の役目は、ペットが幸せだなって気持ちのままに見送ってあげることだと思っています。
さっくんは亡くなる前に、大好きなお母さんに注射器で牛乳を飲ませてもらったみたいです。
友達も仕事が休みの日だったみたいで、いつもどおり一緒にいられたさっくんは幸せな気持ちだったでしょう。
朝、起きたら眠るように亡くなっていたそうです。
よくがんばったね、さっくんもお母さんも。
今はこんなに涙が出るんやっていうくらい泣いていると思うけど、ひたすら、時間薬を信じて毎日を過ごしてほしいと思っています。
そして、また、いつか「僕のワンダフル・ライフ」のワンちゃんのように、さっくんが友達(お母さん)を探し求めるかもしれません。
その時まで、何とか毎日を忙しく過ごしていてほしいと祈っています。
さっくん、友達のもとに来てくれてありがとうね。
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